ホーム > 健康講座 > 健康のお話 > 脳梗塞の新しい治療薬「tPA」について







  脳神経外科  不破 功  



 「脳卒中」とは、「脳梗塞」「くも膜下出血」「脳出血」など、突然、脳に起こる血管障害の総称です。日本の死因では、「がん」「心臓病」に次いで第3位で、年間13万人の人が亡くなっています。
 「脳卒中」は、脳に出血をきたす「くも膜下出血」「脳出血」などの出血性疾患と、脳の血管がつまり脳に血液が届かずに脳細胞が障害される「脳梗塞」の2つに大きく分けられます。後者の「脳梗塞」は脳卒中の3分の2以上を占めます。一旦起これば、後遺症を残したり、死にいたる重大な病気です。65歳以上の高齢者で「寝たきり」になる原因の3分の1以上を占めます。有名人では、小渕首相やサッカー監督のオシム氏が脳梗塞を起こしています。脳梗塞は、いつ、だれに起こっても不思議ではない病気なのです。



 脳梗塞には大きく3つのタイプがあります。
 動脈硬化で脳や頸などの血管の壁にカスがこびり付き徐々に血管の中が狭くなり脳梗塞になるタイプを「アテローム性脳梗塞」、比較的細い血管に起こるタイプを「ラクナ梗塞」といいます。心房細動といわれる不整脈があったり、心筋梗塞で心臓の動きが悪いと心臓の中に血の塊ができて、脳に飛んで行き血管に詰まるタイプを「心原性脳梗塞」といいます。



 従来の脳梗塞の治療は、上記の3つのタイプによって少し異なりますが、基本的に血圧をコントロールして、2週間程度の期間に点滴で脳保護薬を使用し、同時に血液をサラサラにして再発を予防します。そして、できるだけ早い時期にリハビリテーションを行い、ベッドから起きて社会復帰を目指します。治療を行うことで、症状がある程度改善していく患者さんは多くいます。しかし、後遺症が残ってしまったり、残念ながら亡くなってしまう患者さんも多く、十分な治療法がまだ確立されていない病気であることは事実です。



 アメリカで1995年に、「tPA」という強力に血栓を溶かす薬が脳梗塞に有効であることが発表されました。脳梗塞が発症してから「3時間以内」に静脈投与する方法です。この治療によって、アメリカのデータでは「脳梗塞患者のうち、よく回復する人が30%増えて、死亡する人が4%減少した」と報告されています。従来の治療で26%の人に症状の改善が認められるのに対し、「tPA」を使用した人では39%の人が障害を残さないまでに改善したという報告があります。日本でも、この薬が2005年10月に認可され、その後全国でどんどん普及しています。当院でもtPAを用いた治療が24時間可能です。



 この言葉は、アメリカで「タイム・イズ・マネー(時は金なり)」をまねて言われ出した言葉です。脳卒中の治療を行うためには、発症からの時間がとても大事だということを言っているものです。脳梗塞の発作が起こってから、「3時間以内」にtPAの投薬を行わなければいけません。できれば、発症1時間以内に病院に到着し、到着後1時間でtPAの投与ができることが望まれます。



 1)体の片側だけに起こる顔・手足・顔面のしびれ、麻痺、脱力感
   (突然、箸が持てなくなった。歩くとき、片足がかなわない。)
 2)舌がもつれる、言いたいことが言えない。
 3)片目が(もしくは両目が)、急に暗く見える。突然に視野が狭くなった。
 4)突然のめまい、フラツキ。歩くとまっすぐ歩けない。

 以上の症状が突然起こった場合には、脳梗塞である可能性があります。
 さらに「目の見え方がおかしい。突然のめまい。激しい頭痛」を伴う場合には119番に急いで連絡してください。「脳卒中」の治療には、やはり時間がとても大事です。



 どうして危険かというと、この治療が「強力に血栓を溶かす治療」であるため、裏を返せば「全身に出血が起こる可能性が高い」ということです。特に、脳梗塞から時間が経って脆くなっている脳に、勢いよく血液が流れ込むと、出血が起こりやすくなります。一旦重篤な脳出血が起こると命にかかわります。アメリカでは「tPA」を使用した人の6.4%に重篤な脳出血が起こり、そのうち2.9人は死亡しました。(ただし、「tPA」を使用しない場合にも0.6%は脳出血が起き、0.3%は死亡する可能性があります。)日本での脳出血の合併症は5.8%で、死亡率は0.9%と報告されています。適切に使用しても、出血する危険性は高く、適応を無視してむやみに使用すれば、それ以上に出血の危険性は高まります。
 「3時間」という制限の他にも「出血を起こしている人、非常に重症の人、大きな脳梗塞の人、最近手術をした人、胃潰瘍からの出血や血尿がある人、血糖が非常に高い人、血圧がコントロールできないくらい高い人、最近脳出血や脳梗塞を起こしている人、高齢者」などは、この治療を行うと「脳出血」を起こしやすく、その場合新薬を使わず従来の治療を行ったほうがいいと考えられます。だれでもが、この治療をしたほうが良いというのではなく、十分に考えて治療法を決定しなくてはいけません。



 脳梗塞の診断にはMRIという画像検査がとても有効です。日本は世界で一番MRIが普及している国といわれています。ただし、24時間MRIで検査ができる施設はまだ多くありません。当院では24時間のMRIによる脳梗塞診断と「tPA」による治療が可能です。
 2008年2月までの時点で8名の患者さんに「tPA」の治療を行っています。年齢は50歳〜82歳までで、男性4名、女性4名です。脳梗塞のタイプは「アテローム性脳梗塞」が3名、「心原性脳梗塞」が5名でした。投与までの時間は2時間〜2時間50分の間で、平均2時間24分です。投与後早期に症状が改善した人は2名、一旦早期に改善したがその後再び症状が進行した人が3名、早期の効果が確認できなかった人が3名でした。早期の効果がなかった人もリハビリテーションによって経過中に徐々に症状が回復していきました。残念ながら経過中に脳梗塞が再発した人が1名いました。脳出血の合併症は8名中、幸い0人です。
 今後も当院では、脳梗塞を早期に診断し、24時間いつでも迅速かつ適切に脳梗塞の治療を行うことができるように、絶えず努力を重ねていたいと考えています。



 今回は脳梗塞の新薬について説明してきましたが、一番大事なのは結局のところ脳卒中にならないことです。高血圧、糖尿病、高脂血症などのいわゆる生活習慣病を持っている人や、さらに内臓肥満をあわせ持つものを最近では「メタボリック・シンドローム」といい、そういった病気を持っている人は脳卒中になりやすい状態にあります。喫煙も「脳卒中」にとって大変な悪者です。また、心房細動などの不整脈も、血の塊を作りにくくするワーファリンという薬を飲んでおかないと、血の塊が脳に飛んで行き重篤な脳梗塞となってしまいます。
 定期的に「人間ドック」、「脳ドック」を受け、生活習慣病を早いうちから治療し、脳卒中を予防することが最も重要です。


参考資料 「rt-PA静脈療法ハンドブック」棚橋 紀夫(中外医学社)
     「脳の肥やしの脳卒中講義」  端 和夫 (メディカルレビュー社)
     「手術数でわかる いい病院2008」  (週間朝日MOOK)
     「Stroke:Volume38 Number 10,October 2007:
      Disigning a Message for Public Education Ragarding Stroke
      Does FAST Capture Enough Stroke? 」D.O.Kleinorfer et.al